金曜日
黒の路
鹿児島中央→ 宮崎
先人たちが遺した黒の強さ、柔らかさを知る
Episode8 美しい黒
本ページの内容は『Discover Japan』2020年9月号でもご覧いただけます。
幕末、島津家第28代・斉彬により、ヨーロッパへの輸出を目指してつくられた薩摩切子。一度絶えるが、100年の時を超え、島津興業により1985 年に復元。華やかな色ガラスが人気を博す中、2015年に黒と白が対をなす思無邪シリーズが誕生。漆黒が新しい美を体現している。
出発地である鹿児島は、錦江湾に桜島が浮かぶ、悠々とした風景が広がる。
この地は、鎌倉時代から江戸時代にかけて700年の長きにわたり、島津家が治めてきた。特に武人として名高い戦国武将であった島津家第17代の義弘。
そして日本の近代化を推し進めた28代の斉彬は名君として知られ、その偉業への敬意が、いまも鹿児島の人々の心に息づいている。
西欧の脅威から国を守ろうとした斉彬は「富国強兵」、「殖産興業」などの集成館事業を開始。そのひとつとして開発されたのが「薩摩切子」だった。島津家の伝統を受け継ぐ「薩摩ガラス工芸」の切子は、カットの美しさや色ガラスの華やかさはさることながら、「ぼかし」の技術が秀逸だ。
その薩摩ガラス工芸で、5年前に誕生した思無邪シリーズに、「黒」を見つけた。「ぼかしが出る黒を」と研究を重ね、薄いグレーのガラスに濃い黒のガラス、ふたつの色ガラスを重ねる技法「二色被せ」によって、水墨画を思わせる墨黒のぼかし表現を完成させた。黒いガラスは光を通さないためほかの色よりカットが難しく、熟練の職人の高い技術が求められる。「黒の作品をカットするときは、職人は気持ちが引き締まると言います。真っ黒だったガラスに繊細な模様が表れ、磨きが入るといっそう美しく、完成したときの喜びはほかの色よりも大きいものです」とは薩摩ガラス工芸の有馬仁史さん。シャープな黒のライン、淡い灰色、ぼかしの墨黒。彫る深さで色みが変わり、多様な黒が作品一つひとつに凝縮され、輝きを放っている。
島津興業 薩摩ガラス工芸
住所:鹿児島県鹿児島市吉野町9688-24
Tel:099-247-2111
Episode9 黒は強い
「仙巌園」は1658 年、島津家第19 代・光久が構えた別邸。錦江湾を池に見立てた壮大なスケールの庭園だ。斉彬による大砲鋳造や造船など集成館事業を伝える「尚古集成館」も併設。イギリスと戦った大砲も展示され、日本初の工業地帯だった当時の革新的な姿をしのばせる。
島津家の別邸・仙巌園では「尚古集成館」を訪ね、学芸員の山内勇輝さんに薩摩藩の強さの秘密をたずねた。「当時の平均身長が150㎝前後の中、薩摩の武士は豚肉を食し、170㎝以上の人がいるなど体格に恵まれました。さらに郷中教育で心身ともに鍛えられ、主君を守る気概ある兵士が揃っていた。そこに種子島に伝来した火縄銃や、斉彬公による大砲鋳造や造船技術が加わり、薩摩の強さは確固たるものに。薩英戦争では、集成館で造られた大砲でイギリス軍に大打撃を与え、世界を驚かせました。その強さは西欧の技術を積極的に学び、取り入れた斉彬公の柔軟な姿勢が支えていたのです」。鉄砲や大砲など、島津をイメージさせる「黒」は、国を思い、人を思う、強い意志から生まれていた。
ほかにも至るところで黒を発見。「噴火で大変、というイメージをもたれがちな桜島ですが、水はけのよい火山灰や軽石は、桜島大根や小みかんなど、桜島ならではの農作物を育み、火山由来の温泉も湧き、ここにしかない豊かな恵みをもたらします」と桜島ビジターセンターの大村瑛さんは話す。
さらには鹿児島の大自然の中で育まれた「黒豚」はさっぱりとした脂身の甘みがたまらない。九州一甘いといわれる鹿児島の真っ黒で濃厚な味わいの醤油や、「黒麹」を使い独自の技術を守り続ける黒瀬杜氏が造る阿久根焼酎も堪能できる。
先人の思いや知恵、技術を受け継ぐ多彩な「黒」。黒の旅では伝統を守りながらも、時代を読み、新しいものを生み出そうとする、いまを生きる人々との出会いが多くあった。強さ、そして柔らかさがひとつとなり、新たな世界を切り開いていく人々の姿にすがすがしい刺激を受けるはずだ。
仙巌園
住所:鹿児島県鹿児島市吉野町9700-1
Tel:099-247-1551
Episode10 大地の黒
毎日のように噴火し続ける桜島。1914年の大噴火・大正噴火では、わずか1日で軽石や火山灰が島に降り積もり、黒神集落では2mの高さに達した。噴火の記憶を後世に残そうと地元の人々により守られている「黒神埋没鳥居」は、鳥居が噴出物に埋まった姿が衝撃的。100年以上前の噴火の猛威をひと目で追体験できる。
黒神埋没鳥居
住所:鹿児島県鹿児島市黒神町647
取材協力:桜島ビジターセンター
住所:鹿児島県鹿児島市桜島横山町1722-29
Tel:099-293-2443
Episode11 黒い温泉
鹿児島・姶良郡湧水町の「つるまる温泉」は、高濃度の純重曹泉・モール泉で知られる。地下の泥炭層から湧く湯は、植物起源の有機物を含むため、驚くほど真っ黒!草原のような爽やかな匂いで、湯当たりは柔らか。切り傷や皮膚病に効果があるといわれる。
つるまる温泉
住所:鹿児島県姶良郡湧水町鶴丸622-5
Tel:0995-75-2858
Episode12 黒は旨い
オーナーの沖田さんは30年前に「量ではなく質にこだわろう」と鹿児島在来のバークシャー純粋種・黒豚に注目。広大な敷地を自由に駆け回った黒豚のよく締まった肉質が自慢。大麦など低カロリーの飼料で育つため、純白の脂身はほんのり甘く、後味はさっぱり。塩焼きステーキランチ1800円をぜひ。
沖田黒豚牧場
牧場民宿レストラン「和 –のどか–」
住所:鹿児島県伊佐市大口田代1558-66
Tel:0995-28-2098 ※完全予約制
Episode13 黒で酔う
明治後期、鹿児島・笠沙町黒瀬の若者が、琉球から泡盛の技術をもち帰る。技を得た黒瀬の人々は黒瀬杜氏と呼ばれ九州の焼酎蔵で活躍。その継承者・黒瀬安光氏から2代目杜氏・弓場裕が受け継ぐ「鹿児島酒造」は伝統を守りながらも挑戦を続けている。
鹿児島酒造
住所:鹿児島県阿久根市栄町130
Tel:0996-72-0585
Episode14 黒は甘い
九州の中でも特に甘いといわれるのが鹿児島の醤油。ザラメやシロップを加えて甘みとコク、とろみを生み、色も濃い黒に。「鹿児島は辛口の焼酎×甘辛の料理が好まれてきました。だから醤油も甘くなったのではないのでしょうか」と3代目の吉永広記さん。
吉永醸造店
住所:鹿児島県鹿児島市西田2-2-3
Tel:099-254-2663
Black Column
隣の黒木さん
宮崎県民の苗字で1番多いとされる“黒木”さん。学校では1学年に4 ~ 5人は「黒木さん」が当たり前、病院で「黒木さん」と呼ばれると何人も立ち上がる、「黒木さん」同士で名刺交換……。“黒木さんあるある”を教えてくれたのは地鶏料理「粋仙」の若き2代目・黒木伸行さん。2年前に父から会社を受け継ぎ、JR宮崎駅前にモダンな内装の新店舗をオープン。さらに昼はスパイスカレー、夜は焼き鳥と熟成魚という新業態の店を開き、デザイン事務所も立ち上げた。快進撃の原動力を尋ねると、「新しい宮崎を発信して、宮崎に人を呼びたいから!」と黒木さん。宮崎の新たな楽しみ方を模索するなど、黒木さんの熱い思いは多くの人を巻き込んでいる。宮崎に行けば黒木さんはすぐ隣に! 黒木さんから目が離せない!
取材協力:粋仙
住所:宮崎県宮崎市広島2-11-3
Tel:0985-23-1588