木曜日

赤の路

博多 熊本 鹿児島中央

大自然の息吹とダイナミズムを感じる赤に魅せられて

Episode1 赤い祭

本ページの内容は『Discover Japan』2020年8月号でもご覧いただけます。


 阿蘇開拓の祖・健磐龍命たけいわたつのみことなど12柱の神を祀る阿蘇神社。年間を通していくつもの稲作祭りがあるが、最も多くの参拝客が訪れるのは、氏子が火のついた萱束に振り回す「火振り神事」だ。力強く勇壮な光景は、圧巻の迫力! 国重要無形民俗文化財「阿蘇の農耕祭事」に指定。

 まず訪れたのは、火の国・熊本の阿蘇。阿蘇山の裾野に大草原が広がるダイナミックなこの土地は、27万年前から9万年前に起きた4回の大噴火により、現在の姿を築いてきた。人々は約1000年前から、噴火し続ける偉大な山を、恵みをもたらす神として崇め、敬ってきたという。

 今回は、その歴史をいまに伝える、毎年3月に行われる阿蘇神社の「火振り神事」を訪ねてみた。阿蘇に春を告げるこの祭りは、農業の守護神・国龍神の結婚を祝う7日間にわたる田作り祭の一部だ。4日目の〝御前迎え"で、姫神のご神体をお迎えした一行が神社そばに近づくと、日が暮れゆく19時頃、爆竹を合図に火振り神事が厳かにはじまる。参道に並んだ氏子たちが、一斉に萱束に火をつけ、姫神御一行の足元を照らすために燃える萱束を頭上で大きく振り回していく。パチパチと爆ぜる音や舞い上がる火の粉に歓声が上がる中、暗闇に火の輪がいくつも浮かびあがっていくさまは幻想的だ。

 激しく燃える赤々とした火に、氏子や参拝客の顔が照らし出される。誰も彼も火の美しさに魅入られて、静かな興奮に包まれているようだ。山のように積まれた萱束が燃え尽きるまで、炎の宴、火振り神事は続いた。

阿蘇神社の火振り神事
住所:熊本県阿蘇市一の宮町宮地3083-1
Tel:0967-22-0064

Episode2 火の国

 27万年前以降の活発な火山活動と9万年前の巨大噴火で形成された世界最大級のカルデラが広がる阿蘇山。カルデラには、噴煙を上げる中岳を含む阿蘇五岳がそびえ、火の国・熊本を象徴する存在。絶景を一望する展望所・大観峰は、赤い朝焼けも格別。あか牛が草を食む牧歌的な雰囲気も阿蘇ならでは。

阿蘇火山博物館
住所:熊本県阿蘇市赤水1930-1
Tel:0967-34-2111

Episode3 赤であったまる

 天草の「湯楽亭」には、洞窟で楽しめる珍しい赤湯がある。鉄分を含んだ湯が空気に触れることで赤みがかった色に。肌に気泡が付く湯は、国内最高クラスの炭酸水素含有量を誇り、血行を促進。熊本地震後の再掘削で、さらに二酸化炭素量が増えるなど、身体を芯から温める良質な温泉成分がアップ!

大洞窟の宿 湯楽亭
住所:熊本県上天草市大矢野町上5190-2
Tel:0964-56-0536
料金:600円、小学生400円、小学生未満300円、2歳未満無料
※来館の場合は要連絡

Episode4 赤い遺産

このたびの記録的大雨により、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
球磨川第一橋梁は、”令和2年7月豪雨”の影響により現在は見ることができません。

 熊本・八代駅と鹿児島・隼人駅を結ぶ肥薩線。110年以上前の開通工事は、川の増水や山岳の急勾配など困難を極めたという。アメリカ製の球磨川第一橋梁(写真)や日本で唯一のループ線上のスイッチバックなど、当時の最新技術を駆使した“生きた鉄道遺産”はいまも現役。

 赤との出合いはまだまだある。阿蘇くじゅう国立公園の中で牧歌的な風景を醸し出すあか牛たち。訪れるとつい「美味しい」が先行してしまうが、実は放牧されているあか牛が草を食み、大地を踏みならすことでも阿蘇の草原は維持されるのだ。また、5〜6月にはミヤマキリシマという植物が花を咲かせ、山一面を薄紅色に染める珍しい景色を見ることができる。

 熊本の八代では、日本三大急流・球磨川に架かる橋梁の歴史ある赤を見つけた。福岡では、丹精込めて育てられた博多あまおうのみずみずしい赤を知った。鹿児島では、薩摩焼の作陶を支える赤に触れた。どれも九州で暮らす人々の、思いが詰まった「赤」だ。

 赤は火の色、命の色。人の心を熱くかき立てる強い力をもつ。大いなるエネルギーを肌で感じる赤の旅は、生きる原動力となるパワーを心にも身体にもたっぷりと分けてもらえる。

 さまざまな色がちりばめられた九州。次の路ではどんな色が待っているのだろう。「36ぷらす3」に乗って、車窓に流れる景色を楽しみながら、ルートごとに自分だけのストーリーを見つけてほしい。いままで気づけなかった、新しい九州の魅力にきっと出合えるはずだ。

球磨川第一橋梁
住所:JR肥薩線鎌瀬駅近く(熊本県八代市坂本町鎌瀬)
取材協力:松本晉一さん/熊本産業遺産研究会に所属。
著作に『球磨川の駅・ものがたり』など

Episode5 薩摩焼の赤

 薩摩焼は“白もん(白薩摩)”“黒もん(黒薩摩)”が有名だが、名窯「沈壽官窯」で赤を発見! 白薩摩のカップに施された精巧な赤トンボ。また、ベンガラ入りの赤い釉薬は漆黒の黒薩摩を生む。「薩摩焼の白も黒も赤あってのもの。来春、絵付け体験やカフェも新設します」と十五代沈壽官氏。

沈壽官窯
住所:鹿児島県日置市東市来町美山1715
Tel:099-274-2358

Episode6 赤の癒し

 熊本城内の武家屋敷「旧細川刑部邸」は毎年11月下旬、紅葉が見頃に。真っ赤なイロハモミジに抱かれ秋の風情に浸りたい。同時期のイチョウも見事。熊本城は1607年加藤清正によって築城。熊本地震後は復興のシンボルとして力強く歩み進む姿を見せる。2021 年春、天守閣が完全復旧予定。

熊本城築城時に実在した足軽、「金太」がモデルのカラクリ人形

熊本城
住所:熊本県熊本市中央区本丸1-1
Tel:096-352-5900 (熊本城総合事務所)

Episode7 赤は旨い

 「あかい・まるい・おおきい・うまい」の頭文字を取った、福岡のブランドイチゴ・博多あまおう。八女市の「ひぐち農園」は、人と自然に優しい農法を目指し、害虫の天敵となる虫を投入する減農薬栽培の先駆者として全国から注目されている。艶やかな赤い実は、甘みと酸味のバランスが絶妙!

ひぐち農園
住所:福岡県八女市大島422-4
Tel:090-8409-2684
IG:@higuchi_nouen

Red Column

日本ではじめての“赤”十字が熊本で誕生

人道的支援団体「日本赤十字社」は、佐賀県出身の佐野常民が設立。医学や蘭学を学んだ佐野は、佐賀藩派遣団団長としてパリ万国博覧会を訪れる。その際、国際赤十字の理念「敵味方の分け隔てなく負傷者を救護する」を知り、感銘を受けた佐野は、西南戦争における熊本・田原坂での惨状を知ると、負傷者救護のため「博愛社」を創立しようと戦地に赴き政府軍の総指揮官に直談判。その熱意に即日創立が許され、初の救護活動を行った。これにより熊本が日本赤十字発祥の地として知られるように。「真の文明開化とは法律の発布や機械の発明ではなく、人道的組織の発展だ」と訴え続けた佐野。1887年に博愛社は日本赤十字社と改称し、国際赤十字への加盟が実現。1888年の磐梯山噴火(福島)では、国際赤十字に先駆けて初の災害救護を行い、活動の場を広げた。人を想い、時代の先を見据えた佐野の思想は、脈々と受け継がれる。

取材協力:佐野常民記念館
住所:佐賀県佐賀市川副町早津江津446-1
Tel:0952-34-9455

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