月曜日
金の路
博多→ 佐世保 佐世保→ 博多
海を渡ってきた文化を受け入れ、独自に発展させた金の輝き
Episode29 金のエピソード
1502年に創業した、平戸藩松浦家の御用菓子司。ポルトガルから伝来し、松浦家の菓子図録「百菓之図」にも記される名物「カスドース」。卵黄と熱湯にくぐらせたカステラに、砂糖をまぶした黄金色が美しい菓子。当時は殿様のためだけにつくられた。
黄金色の卵黄をまとい、砂糖をたっぷりまぶした南蛮菓子「カスドース」 。
カステラの元祖といわれるこの菓子は、約400年前に九州の北西端に浮かぶ平戸島で生まれた。カスドースにかかせない砂糖は、1550年、平戸にポルトガルの貿易船が入港したことで日本にはじめて荷揚げされる。そして長崎から佐賀、小倉へと続く〝シュガーロード〞(長崎街道)を通じ、大阪、江戸へと運ばれた。また、宣教師によりカステラや金平糖などの南蛮菓子の製法も伝えられた。希少な砂糖や卵をふんだんに使う、それまでの和菓子にはない贅沢なものだ。第4代平戸藩主・松浦鎮信によって創始された武家茶道・鎮
信流のために、城下の菓子職人たちは多種多様な菓子を生み出し、第10代藩主・熈
は100の菓子のレシピを紹介する菓子図鑑「百菓之図」を編成。2人のお殿様により、南蛮菓子文化は花開いていった。
カスドース発祥の菓子舗として知られる「平戸 蔦屋」は、「百菓之図」の後書きにも名を残す、松浦家の御用菓子司。お殿様のためだけにつくられる、門外不出の〝お留め菓子〞としてカスドースをつくり続けてきた。「大航海時代、カステラは航海に耐えられるよう日持ちする保存食で、ビスケットのように固いものでした。ポルトガル人により、固いカステラを卵黄につけて糖蜜でやわらかく煮て、より美味しく食べられる製法が伝えられたのが、カスドースのはじまりです」と24代目の松尾俊行さん。カスドースの材料は、卵・砂糖・小麦粉・水飴といたってシンプル。「お菓子はその土地の風土を表現する、文化のシンボルだと考えています」。平戸 蔦屋では、泡立て方や焼き方も口伝で伝えられ、昔から変わらぬ製法で、その姿や味わいを守り続けている。
江戸時代初期、唯一海外との交易が許されていた平戸。西欧やアジアの文化をおおらかに受け入れ、自分たちの風土と結びつけ、発展させてきた独自の土壌が、個性豊かな南蛮菓子を育んできた。砂糖をたっぷり使った濃厚な甘さを堪能しながら、海をこえ、時をこえ、人々の交流により生まれた、絢爛たる「金」に思いを馳せたい。
カスドース
取材協力:平戸 蔦屋(按針の館)
住所:長崎県平戸市木引田町431
Tel:0950-23-8000
Episode30 金は美味しい
中国から長崎に伝わった珍味・「からすみ」。髙野屋は、伝来時のサワラではなく、ボラの卵巣を使ったからすみで評判を呼び、幕府や宮中に献上され長崎名物として広まった。金色の魚卵を塩漬けして天日干し、無添加でつくる一子相伝の技を300年守り続ける。
からすみ
取材協力:からすみ元祖 髙野屋
住所:長崎県長崎市築町1-16
Tel:095-822-6554
Episode31 金の手仕事
飴色のツヤで魅了する長崎の工芸品・べっ甲。17世紀に南蛮船から渡来し、南洋の亀・タイマイの甲羅を使用。薄い板状の甲羅を色や柄を選んで重ね、水と熱、そして万力で圧力を加え、継ぎ目のない一枚の板をつくり、繊細な彫刻を施す。熟練の技が冴え渡る逸品。
鼈甲細工
取材協力:観海べっ甲店
住所:長崎県長崎市大浦町5-47
Tel:095-825-2728
Episode32 金の祭り
1万5000個のランタンが長崎市中心部を彩る祭。1994 年、長崎新地中華街の春節祭が、冬の一大風物詩に拡大。龍や鳳凰のランタンオブジェや川面に揺れるランタンの幻想的な光が心も温めてくれる。
長崎ランタンフェスティバル
問:長崎ランタンフェスティバル実行委員会事務局(長崎市観光推進課内)
Tel:095-829-1314
取材協力:錦昌号
住所:長崎県長崎市新地町12-7
Episode33 金賞
地元で愛される酒を目指し、富久千代酒造3代目・飯盛直喜さんと酒販店が若い力を集めて造った日本酒「鍋島」は2011年、「IWC(インターナショナルワインチャレンジ)」の純米酒の部で金賞、sake 部門でチャンピオン・サケを受賞。
鍋島
取材協力:富久千代酒造
住所:佐賀県鹿島市浜町1244-1
Tel:0954-62-3727
Episode34 金に包まれる
かつて盗賊を退治し、島を守った野崎隠岐守綱吉を祀る神社。明治より“島の宝”「宝当神社」と呼ばれるように。平成に入ると縁起のよい名に宝くじの当選を願う参拝者が増え高額当選者も続出!
宝当神社
住所:佐賀県唐津市高島523
Tel:0955-74-3715
Episode35 金の絶景
建築家・池田武邦さんが大村湾の岬に終の住処として建てた「邦久庵」。山陰にあり、波が静かで塩分濃度が低い土地柄を生かす、茅葺き屋根の木造建築だ。自然と対話するためにつくった真西向きのデッキは、甲板のように海にせり出し、美しい夕日を堪能できる。
大村湾の夕景
取材協力:邦久庵
住所:長崎県西海市西彼町風早郷1424
Mail:hokyuann@gmail.com(邦久庵倶楽部)
Gold Column
「 ゴールデンドリーム」をかなえた建築家・池田武邦
日本初の超高層ビル「霞が関ビル」に携わった、建築家・池田武邦さん。建物を縦に伸ばし経済効率を上げつつ、空いたスペースに木を植える、自然と街の共存の手段として数々の高層ビルを設計。より自然への思いを深めた1980年代から手がけた、長崎県佐世保市のテーマパーク「ハウステンボス」は、ゴミで汚れた大村湾や工業団地の予定地だった荒れた埋立地が舞台。池田さんはまず海を蘇らせようと、海と陸をつなぐ護岸をコンクリートから石に戻すなど、自然を循環させながらテーマパークとして経済が成立するエコシティーを誕生させた。「自然を神とする江戸時代の文化を原点に、自然に順応するオランダの哲学を反映させた街を目指しました」。いま、世界が求める持続可能な循環型の社会、サステナブルの先駆けがここにあった。
取材協力:東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻 助教 永野真義